中山可穂作品との出会い
アマゾンのおすすめ機能によって偶然に出会った中山可穂さんの本。
まあ、遅かれ早かれこの道を行くなら出会っていたでしょうが。ちなみにその時は高校2年生の夏でした。
いや、もしかしたら、ここで出会わなければ私はノンケだったのかもしれません、どうなんでしょう?
とにかく、当時大好きだったので(今も、特別な作家の一人です)、今回は語らせていただきます(笑)
前後のブログと時系列がごっちゃになってしまいますが、ご了承ください。
もう、彼女の書く中性的な登場人物たちの魅力にやられてしまいました。
大人になった今は、「これってどうなの?」と思う部分もありますが(爆)
思春期真っただ中の私にはまるで甘い毒薬のようで、強さ脆さ野蛮さ疑い深さ傲慢さ激しさ、それらすべてに陶酔していました。
そして、塁や理緒や絢彦に作者を重ねて憧れて、文章に散りばめられたインテリジェンスや激情を感じる度に、作者への思慕を強めていったのです。
私は基本的に一度読んだ本は二度と読み返すことはありませんが、彼女の作品については例外で、もう何度も読みました。
特に『白い薔薇の淵まで』の冒頭部分は、美しい、の一言ですね。
ラストまで一気に読んだ後、すぐに冒頭部分を読み返すことをおすすめします。
彼女の作品でどれが一番好きかというと、実は『白い薔薇の淵まで』ではなくて、高校生の頃は『感情教育』でした。
私小説ではないといいながら私小説の雰囲気があったので、作家自体を好きだったというのもあり、これが一押しでした。
今は何が好きかといわれると、難しいですね…なんだろう。もう一回全作品読み返してみないとわからないかもしれないですね(汗)
大好きすぎて、高校の卒業式の日にサイン会に行きました。
卒業式が終わったらその足で高速バスに乗ってサイン会の会場まで。
その時のアンケートに「この先もずっと好きです」と書きました。
サインが入った本を胸に抱えて寝て、しばらくの間はどこに行くにも持って歩きました。なつかしいな~。
あの頃の気持ちと全く同じかと言われたらそうじゃないけど、でも今でも新刊が出ればチェックしています。
最近は以前とはテイストが異なっていますが、端々に「中山可穂」らしさを感じると、昔好きだった人に再会した時のように胸が締め付けられます。
彼女の作品を読むまでは「女同士でキスしていいんだ!?」
だった私が、「女同士で愛し合っていいんだな」と思うようになりました。
普通の男女のように、あるいはそれ以上熱烈に、女性に愛情を持っていいのだと。
それと同時に、新宿2丁目の存在や、そういったコミュニティがあることも作中から知り、自分が知らない世界が広がっていることも実感しました。
当時は「ググる」なんて言葉もありませんでしたし、家にパソコンがなかった私は何と検索していいのかもよくわからず、情報を得る機会が少なかったので、本の中の世界こそが私が進む世界だと思っていました。
これ以降、図書館でLGBTに関する書籍を借りたり、NHKの「ハートをつなごう」(当時)などから情報を得たり、「Lの世界」を観たりして、大学に進学して自由になってからの自分を想像する日々でした。
ところで、私が最初に読んだ中山可穂作品は、『白い薔薇の淵まで』でも『感情教育』でもなく、『ジゴロ』なのですが、これは単に近くの書店にこれしか売っていなかったからです。田舎…(笑)
その中で一番ぐっと来たのは、ーたった一人の女を愛し続けるために、百人の女と寝ることもあるーというもので、当時の私はわかった振りをして、この部分がいい!と思っていましたが、実は全然わかっていなかった、というか、実感が伴っていなかった。
この言葉の本当の意味がわかるのは、もうしばらく後のお話です。
そして、この、最初に購入したジゴロは、とある女性の家に置いてきて、もう取りに行くことはできません(笑)
新しく購入しようかなと思ってから、もう3年ほど経ちます。
そのエピソードもいつか書けたらいいな…。